アラーが想う、シリアとレバノンと日本と

“モザイク国家”との呼称に表される通り、レバノンには様々なバックグラウンドを持つ人々が共に暮らしている。とはいえ、一つの人種や出身地でくくることなんてできないし、実際どんな人がいるのか、わからない。そんなレバノンの姿を、一人一人の視線を通して見てみよう。人の集まる広場で、あれこれ聞いてみよう、という企画のはじまり。さあ、カルダモンの香りのするほうへ、、、

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初回のインタビューは、アラー・シャアブ

シリアのアレッポ郊外で生まれ、2011年からレバノンに暮らす。レバノン大学で政治学を専攻。NGOで教師として働いた後、ベイルート・アメリカン大学で早期幼児教育を専攻、政治学の修士課程を修了。現在は英文学を学びながら、アラビア語と英語を教える。趣味は読書と映画鑑賞。映画を語りだしたら止まらない。


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*以下、Aをアラーの回答としています。


レバノンで生きる


-2011年に、レバノンに来るまでの経緯

A シリアで戦争が始まって、まず家族を郊外に連れて行った。そこなら安全だと思ったから。そして一人でレバノンに来た。その後2014年にアレッポで状況が悪化したので、家族も連れてきた。今は家族と祖父と住んでいる。


-レバノンの中で、トリポリに来たのはなぜ?

A 親戚や、同じ村出身の人たちの多くがトリポリにいたから。住む場所を見つけたり、シェアすることができると思った。それに一人でベイルートに行くのは大変だと思ったんだ。けれどもし戻れるなら、ベイルートに行くかな。なぜならより多くの仕事の機会や、政治に参加するチャンスがあるから。トリポリより安定しているしね。


-レバノンに来てからの生活

A レバノンに来てからは、勉強と仕事をしてきた。政治学を学んだ際には、ドイツのDAFI奨学金をもらった。とても助けられたし、それがなければ学べなかったと思う。その後、NGOで働いていた。けれど昨年、シリア人の教師たちは全員辞めることになった。レバノンではシリア人は働くのを許されないから、という理由で。 解雇されたので、新しい仕事を探した。そこでアラビア語を教えることにしたんだ。これはとても良い仕事だし、同時に英語力も向上してる。英語は以前からある程度はできるけれど、教師になるには資格が必要だからね。


-アラビア語の先生として

A 今は、オンラインで教えながらカリキュラムを準備している。なぜなら、外国人にアラビア語を教えるための洗練されたカリキュラムがないと思うから。安くて、使えて、役に立つものを作りたいんだ。お金を求めているわけじゃない。ただ助けになれればいいんだ。多くの人たちが私たちを助けてくれてきたようにね。奨学金や、他のたくさんの助けてくれた人たちの、その助け合いが続いていくように。


-政治学と英文学を選んだのはどうして?

A 政治学を選んだのは、自分の国の状況に不満があったから。政治的に、そして経済的に。一つの党が政治と社会、すべてを統治しているという考え方が好きではなかった。政治学を学べば、声をあげて何かできるかも、変化を起こせるかもしれないと思った。けれど政治学科を卒業した時、残念なことに戦争は終わっていなかった。全ては悪化していて、より困難で複雑になっていたんだ。レバノンでも政界で働くことが許されておらず、どんな政治活動にも参加できない。だからすぐに政界で働くことはできない。そこで、今仕事に就くために必要なことを学ぶことにした。それが英文学で、英語を学ぶことは大学院や将来の博士号の研究のためにも役立つしね。

レバノンの混乱の中で


-パンデミックの影響は?

A 正直に言うと、パンデミックは私にとって良い影響を与えたんだ。大学の講義はパソコンに保存されてるから、何回でも聞けるし、ノートをとる必要もない(笑)。夜には友達とカードで遊べているし。だから、何も変わっていなくて、人生は楽かな。パンデミック、という意味では生活に影響はない。


-レバノンではパンデミックの状況も良くないと聞くけど、実際は?

A 今状況を悪くしているのはパンデミックではない。レバノンのシリアへの介入、シーザー法* 、そしてベイルートの爆発だ。残念なことに、政界が常に障壁になっている。これが経済破綻につながった。もうレバノンにドルはなくなって、すべての物の値段が異常に高い。銀行にお金を預けていた人も下ろせないし、多くの人が失業した。これが私たちの人生に悪い影響を与えたことで、コロナではない。

* Caesar Syria Civilian Protection Act (2020年6月施行) 米政府により定められた、シリア政府への資金凍結や渡航禁止を含む制裁。シリアの経済危機に影響している。

 たまに悲しくなるんだ。働けず、結婚できず、旅もできない。スタートアップやどんなビジネスも始められないこと。政府と政界が、人生に困難をもたらしている。それでも、レバノンの友人たちはとても献身的で優しくて、モチベーションを与えてくれる。自分が30歳の時には、車があって、事業を始めて、結婚してもしかしたら子どももいて、と思っていた。けれど30歳になった今は何もなくて、人生が始められていないように感じる。自分だけではなくて、多くのシリア人、そしてレバノン人がそう。政府の腐敗のせいでね。


-アラーはそれにどうやって対応してる?

A 心理的・社会的サポートで働いていたこともあって、常に明るい面を見るようにしていて、友人を励ますんだ。みんなにエクセルやコンピュータースキル、新しい言語を学ぶことを勧めたり、キャンプにいる人や爆弾の下に暮らす人より、ずっと良い生活だと言ったりする。それを自分でも全部わかっているし信じているけど、同時に心のどこかで、何か失っている気もする。何万もの人たちよりずっと良い人生だし、ラッキーだと理解している。勉強を今まで続けられているしね。

 みんな私を先生と呼ぶんだ。村では、“ウスターズ・アラー(アラー先生)”って。“アラー・ハーフ(普通のアラー)”って言うんだけど、呼び続けるんだ。良いことだよね(笑)


シリアへの想い


A 他の国々によれば、私たちの状況はすごく悪い。シリア人社会の絆を再建できれば良いと思うよ。だけどすごく難しい。なぜならたくさんの人が亡くなって、行方不明になって、拷問や経済危機もある。ヨーロッパや、アメリカ、ロシア、トルコ、ドイツとか、たくさんの国へシリア人が分散したことで、もう一度一つの国として統治するのは難しい。特に新しい世代、そこで育った人たちにとってはね。日本や南アフリカ、ルワンダから、平和構築や国の再建を学べるかもね。


-シリアの状況が特に難しいのはどうしてだと思う?

A シリアにはたくさんのグループと武装勢力がいるから。クルドと戦いたい人たち、トルコと戦いたい人たち、政権と戦いたい人たち、ISを作りたい人たち、ISを倒したい人たち、新しい国をつくりたい人たちがいる。あとロシア軍、アメリカ軍、イラン軍とかも。時間が経つにつれて、より複雑になってるしね。


-近い将来、変わると思う?

A 何も変わらないと思う。政治家には戦争を終わらせようという本当の意思がない。オバマもトランプも何もしなかったし、バイデンも何もしないようだ。彼らは戦争を終わらせたいとは思っていない。

 同じく、バッシャール・アサドももう一度大統領になりたいからね。彼は今立候補してる。なぜ人々が彼を選ぶのかわからない。国を破壊し、世界で最も貧しい場所にしたのに。家々を壊し、人口の半分を難民と移民にしたのに。なぜ彼を選ぶんだ?

 もちろん選挙は操作されてる。99.9%が彼を選んだことになるからね。死人も彼を選んでる。亡くなった人の名前も書いてるんだ。操作と汚職だよ。それでも、なぜ選ぶんだ?今は水も燃料も不足して、安全もパンも何もない。とても貧しくて、不安定だ。



これからのシリアと、レバノンと、アラー


-アラーはシリアには戻らない?

A 今は戻れない。なぜなら戻ったら刑務所に入れられるから。徴兵もされる。私は市民を殺すために軍に従事したくない。敵意を持って犯罪者たちと戦いたくない。何のためだっていうんだ。


-同じ理由でレバノンにいるシリア人は他にもいるの?

A たくさんいるよ。何千人もね。解決策がなんだかわからない。長くの間考えてみてきたけれど、見つからないんだ。だってバッシャール・アサドがいなくなっても、問題はたくさんある。例えばロシア軍を誰が退けられる?アメリカ兵を撤退させられる?人々を武装解除できる?難しすぎる。第二のアフガニスタンになると思っている。


-レバノンに残るのと、他の国に行くのでは…?

A 他の国に行きたい、日本かフランスかな。今大学院に応募している。ここに住むのは困難になった。必要なものを買うのも、働くのも難しい。私たちの未来はここでは消されたんだ。全く希望が見つからない。レバノン人が国を去っている。私たちが残る理由は?できることなら残りたい、レバノンが好きだから。けれど今は、もう住める場所ではない。


-どう変えていくか

A 日本は変わることができたと思う。第二次世界大戦では最悪なことをしたし、虐殺をした。でもその後、他の国と関係を築きはじめた。文化を広めて、良好な関係を国家間でつくっていった。良いイメージを広めたんだ。アラブの国々でも、日本が好きという人は多いし!自分もアニメが好き。「進撃の巨人」とか、「ナルト」とか。日本のことを平和で、整っていて、文化的で、経済に強い国だと思っている。それが私たちには欠けているんだ。


宗教がもたらすもの

 これは部分的に宗教による。応募している修士論文のテーマなんだけど、 “宗教はいかにして戦争の過激化を招くか、それとも平和を築くか”、考えている。

 シリアで生まれてしまったISでは、他の人を殺すために宗教が用いられた。彼らはムスリムだと言って、ムスリムとクリスチャンを殺し始めた。けれど私はクリスチャンも、仏教徒も、誰も殺さない。そんなの許されない。どうして他の人を殺しているんだ?違いがある人を殺しているんだ?彼らはイスラムの悪いイメージを広めた。私たちはそんな人たちではない。人のことを言葉でも傷つけたくないのに。彼らは宗教の節を説得材料に使うけど、文字が読めない人もいる。ISはこれが権利で、こう書かれているから従えと言う。けれど彼らはそれが真実がどうか知らない。酷い話だ。だから戦争は広まって、人々は苦しみ、飢餓にある。このような支配の結果だ。

 他の国が、どのように戦争をせずに治められるのかを知りたい。そしてどうすれば宗教が平和を促進できるか。なぜならシリアでは間違った方向で使われたから。国の発展の手段にもなれるはず。社会の結合や、忍耐、受容力とかね。


-宗教は国を治めるのに平和的な手段になるということ?

A 宗教を通して、紛争を落ち着かせる手段が見つかるかもしれない、と思う。宗教と、あと他にもたくさんの要素が必要だけどね。


日本へのメッセージ


A 日本に行けることを願ってる。日本に行けば、そこから私の国のために何かできるかもしれない。なぜならここからだと何もできないから。日本の心が好き、政治を知ったり戦争が始まったりする前からね。子どもの頃から、将来何になりたいか聞かれると政治家と言っていた。そこで、どこで国を代表したいかと聞かれたら日本と言っていた。なぜ日本かと問われれば、日本の文化やアニメが好きで、村上春樹などの作家や、他にもたくさんのことが好きだからと言っていた。食事や文化、服、言語もね。日本はこの愛に値すると思う。だって日本は人間愛を積極的に広めてきたからね。

さよなら!!



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想像も及ばない困難の中、シリアとレバノンで力強く生き抜いてきたアラー。

常に仲間想いで、唐突にクスっと笑わせてくれるような、周囲を和ませちゃう存在でもある。

彼が眼差し考えるシリアとレバノンの未来を、その言葉から私たちも考えることができるかもしれない。


〈協力・写真提供〉

Alaa Shhab  インタビュー実施日:2021年3月11日

(文・Beit Lebanon 大竹くるみ)




Beit Lebanon / بيت لبنان

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